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福岡地方裁判所 昭和41年(む)1006号 決定 1967年1月30日

被告人 斉木仁

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する当庁昭和四一年(わ)第八八号殺人被告事件について、同被告人から右事件の審理を担当する福岡地方裁判所裁判長裁判官安仁屋賢精に対する忌避の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件忌避の申立を却下する。

理由

本件忌避申立の理由は、前記殺人被告事件記録に編綴されている第九回公判調書(手続)、申立人(被告人)作成名義の忌避申立書および安仁屋裁判長忌避理由申立書、ならびに弁護人木梨芳繁作成名義の忌避理由書に記載のとおりであるが、所論は要するに、本件被告事件の審理における安仁屋裁判長の訴訟指揮、ことに証人に対する尋問の方法、被告人の陳述または証人に対する尋問の制限、弁護人の証人申請の一部却下等について数個の事例を挙示してこれらを被告人に不利であるか、違法・不当なものと断じ、かかる一連の訴訟指揮およびこれに伴う言動は、同裁判長が本件被告事件または被告人に予断偏見をもつている証左であり、不公平な裁判をするおそれがあるというもののようである。

しかしながら、裁判長の訴訟指揮上の措置を原因として当該裁判官を忌避することは原則として許されない。けだし、訴訟手続に関し裁判官のとつた処置に対しては、当該事件の訴訟手続の内部において刑事訴訟法三〇九条による異議の申立をなすなど訴訟手続上の救済手段をとり、結局は上訴審においてその匡正、救済を求むべき筋合であつて、それを直ちに忌避の手段に訴えることは、忌避制度の本質に反し許されないといわなければならないからである。

従つて訴訟指揮上の措置が仮に不公正、不公平と考えられるとしても、忌避申立をするにはそのような措置がとられるに至つた裁判官と当該事件、その当事者またはそれに準ずる者との関係で存在する除斥原因類似の具体的事実が忌避原因とされねばならないが、申立人の主張事実でこれに該当し、それによつて一般に裁判の公正公平を疑わせると思料されるものは何等存在しない。

なお、所論指摘にかかる安仁屋裁判長の訴訟指揮は、本件記録によれば証人の証言が趣旨明確を欠き発言の根拠の不明瞭な場合等にこれを明確ならしめるべく補充的に尋問したもの、本件訴因との関連性ないし必要性の見地から弁護人の証人申請を却下したもの、被告人が証人に尋問するにあたり、自己の意見主張を殊更証人に押しつけようとしたり、証人を前にして自己の見解を滔々と展開する等時機に適しない著しく不穏当な陳述を制限したもの、適式に証拠調を経た被告人作成の上申書と重複する被告人の陳述を制限したものなどであつて、いずれをとつてみても本件公判審理の経過にかんがみ洵に相当な処置であるといわねばならず、これらを違法不当と目すべき事由は全く見当らない。

してみれば、被告人の本件忌避申立の原因として掲げる事由は、いずれも刑事訴訟法二一条所定の事由に該当しないことが明らかであるから、被告人の本件忌避申立はその理由がないものとして却下することとし、同法二三条により主文のとおり決定する。

(裁判官 厚地政信 小林隆夫 池田美代子)

忌避申立書<省略>

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